ネイチャーポジティブとは、減り続けている生き物や森林、海などの損失を止め、自然が回復していく状態へ変える世界共通の目標です。
国際的には2020年を基準とし、2030年までに自然の減少を回復へ転じさせ、2050年に向けて回復を続ける目標が共有されています。
日本でも「生物多様性国家戦略2023-2030」を策定し、国や自治体、企業、地域住民が連携する取り組みを進めています。
この記事では、ネイチャーポジティブの意味から注目される背景、国内外の動向、具体的な取り組み、普及に残る課題まで解説します。
ネイチャーポジティブとは減り続ける自然を2030年までに回復へ向かわせる目標
ネイチャーポジティブは、自然の減少を食い止め、生き物や生態系が回復する方向へ社会全体を転換するための国際的な目標です。
森林や海を保護する個別の活動だけを示す言葉ではなく、生物多様性や自然資本を回復させ、暮らしの基盤を維持する考え方まで含みます。
この章では、言葉の意味と目標年、生物多様性との関係を整理したうえで、ほかの環境分野の考え方との違いを解説します。
日本語では「自然再興」を意味する
ネイチャーポジティブは、日本語で「自然再興」と表され、失われ続けている生物多様性を回復へ向かわせる世界共通の考え方を示します。
環境省は、自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止めて反転させることと説明しています。
ここでいう反転とは、自然が減り続ける状態から、生き物の種類や数、生息環境が回復していく状態へ方向を変えることです。
自然を残すだけでなく、すでに損なわれた森林や湿地などを再生し、生態系を健全な状態へ戻す取り組みも含まれます。
2020年を基準に自然の減少を止め2050年に向けて回復させる
国際的な目標では、2020年を基準として、2030年までに自然の損失を止めて回復へ転じさせ、その後も2050年に向けて回復を続けます。
基準年を設定することで、生き物の種類や数、生息環境の広さ、生態系の健全性がどのように変化したかを比較できます。
2030年は取り組みの終了時期ではなく、自然が減少する流れを止め、継続的な回復へ方向を切り替える中間目標です。
Nature Positive Initiativeは、2030年に2020年より自然が豊かな状態をつくり、2050年まで回復を続ける目標を示しています。
生物多様性や自然資本と深く関係している
ネイチャーポジティブは、生物多様性を回復させ、社会や経済の基盤となる自然資本を将来にわたって維持する考え方と結び付いています。
生物多様性とは、動植物などの種類だけでなく、遺伝子の違いや森林、河川、海洋といった生態系の多様さまで含む概念です。
自然資本は、森林、土壌、水、大気、生物など、人の暮らしや経済活動を支える自然の資源と機能を指します。
生物多様性が保たれると、食料や水の供給、気候の調整、災害の緩和などの働きが維持され、自然資本の安定にもつながります。
カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーとの違い
3つの考え方は対象とする課題が異なりますが、自然環境への負荷を減らし、持続可能な社会へ転換する点でつながっています。
| 考え方 | 主な対象 | 目指す状態 |
|---|---|---|
| ネイチャーポジティブ | 生物や生態系 | 自然の損失を止めて回復させる |
| カーボンニュートラル | 温室効果ガス | 排出量と吸収・除去量を均衡させる |
| サーキュラーエコノミー | 資源や製品 | 廃棄を抑えて資源を循環させる |
例えば、森林を再生すると生物の生息地を増やしながら二酸化炭素の吸収も促せるため、複数の目標を同時に進められます。
一方、単一樹種だけを植えるなど、脱炭素を優先した活動が地域の生態系へ負荷を与える場合もあり、相互の影響を確認した対策が有効です。
ネイチャーポジティブが必要とされる3つの理由
ネイチャーポジティブが国際目標となった背景には、生物多様性の損失が世界規模で進み、自然が持つ回復力を超える負荷が加わっている現状があります。
自然の変化は野生生物だけの問題ではなく、食料や水の供給、気候の安定、災害の緩和など、暮らしを支える機能にも影響を及ぼします。
この章では、生物多様性が失われる主な原因、自然から受けている恩恵、気候変動との相互関係という3つの視点から背景を整理します。
土地・海の利用変化など5つの要因で生物多様性の損失が進んでいる
IPBESの地球規模評価報告書では、生物多様性を損なう主な直接要因を次の5つに整理しています。
- 陸と海の利用方法の変化
- 生物の直接的な採取
- 気候変動
- 環境汚染
- 侵略的外来種
森林の農地転換や沿岸開発、魚介類の過剰漁獲、農薬やプラスチックによる汚染などが、生物の生息地と個体数を減らしています。
これらの要因は単独で作用するのではなく、気候変動で弱った生態系に開発や汚染が重なるなど、互いに影響しながら損失を拡大させます。
食料や水などの生態系サービスが暮らしを支えている
生態系サービスとは、食料や木材の供給、水質の浄化、気候の調整、文化やレクリエーションなど、自然から受け取る多様な恩恵を指します。
森林は雨水を蓄えて洪水を緩和し、昆虫は農作物の受粉を助け、湿地は水を浄化するなど、それぞれの生態系が暮らしを支えています。
生物の種類や生息地が失われると、こうした機能が低下し、食料生産の不安定化や水処理、防災にかかる負担の増加につながります。
ネイチャーポジティブは自然そのものを回復させるだけでなく、自然が人や社会にもたらす機能を維持・再生する取り組みでもあります。
自然の損失と気候変動が互いに影響を及ぼしている
気温や降水量の変化、海面上昇、海水温の上昇は、生き物の分布や繁殖時期を変え、サンゴ礁や湿地などの生態系へ負荷を与えます。
一方で、森林や泥炭地、海草藻場などが失われると、蓄えられていた炭素が放出され、二酸化炭素を吸収する自然の働きも低下します。
生態系の保全・再生は気候変動対策にもつながりますが、温室効果ガスの排出削減そのものに置き換えられる活動ではありません。
生物多様性国家戦略2023-2030でも、生物多様性の損失と気候危機を一体的に解決する方針が示されています。
世界と日本で進む3つの取り組み
ネイチャーポジティブは、自然保護団体だけが掲げる理念ではなく、各国政府や自治体、企業、市民団体が共有する2030年までの目標として広がっています。
国際社会では生物多様性を回復させる行動目標が定められ、日本でも保全区域の拡大や国家戦略の策定を通じて、具体的な施策へ反映されています。
この章では、国際的な共通目標、区域を基盤とした保全、日本国内の基本方針という3つの段階に分けて現在の動向を解説します。
昆明・モントリオール生物多様性枠組が2030年の世界目標を示した
昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2022年12月の生物多様性条約第15回締約国会議で採択された、生物多様性に関する国際目標です。
愛知目標の後継に当たり、2050年に向けた4つのゴールと、2030年までに達成する23のターゲットで構成されています。
2030年までに生物多様性の損失を止めて回復へ向かわせる方針が示され、ネイチャーポジティブを進める国際的な基盤となりました。
参加国はこの枠組みを踏まえて国内の目標や行動計画を整備し、設定した指標を用いて進捗状況を確認します。
30by30とOECMによって保全区域の拡大を目指している
30by30は、2030年までに陸と海の30%以上を、健全な生態系として効果的に保全する国際目標です。
対象には国立公園などの保護地域だけでなく、それ以外の場所で生物多様性の保全に貢献するOECMも含まれます。
OECMとは、企業の森や里地里山、都市の緑地など、本来の管理目的にかかわらず自然が守られている区域です。
日本では、民間団体などの活動区域を「自然共生サイト」に認定し、保護地域と重ならない区域をOECMとして国際データベースへ登録しています。
出典:環境省「30by30」
生物多様性国家戦略2023-2030が日本の方向性を定めている
日本では、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定され、2030年までのネイチャーポジティブ実現が目標に掲げられました。
同戦略は、2050年の「自然と共生する社会」を見据え、自然環境の保全に加えて、経済や暮らしを含む社会全体の転換を示す基本計画です。
生態系の健全性回復、自然を活用した社会課題の解決、経済の転換、生活・消費行動の見直し、基盤整備と国際連携の5つを基本戦略としています。
国や自治体、企業、国民がそれぞれの立場で行動し、自然が減り続ける状態から継続的に回復する状態への移行を進める方針です。
ネイチャーポジティブを実現する5つの取り組み
ネイチャーポジティブは、自然を保護する活動だけで達成できる目標ではなく、失われた生態系の再生や自然への負荷を減らす行動まで含みます。
その対象は森林や湿地などの保全から、自然を活用した社会課題の解決、生物の調査、日々の商品選び、地域での協働まで多岐にわたります。
この章では、国や自治体、企業、個人がそれぞれの立場から参加できる5つの取り組みを、具体的な方法と期待される効果に分けて解説します。
森林や湿地などの生態系を保全・再生する
森林や湿地、干潟、藻場などを保全・再生する取り組みは、生き物の生息地を確保し、生態系の働きを回復させる方法です。
状態の良い自然を開発や乱獲から守るほか、劣化した場所では外来種の除去、在来種の植栽、水の流れの復元などを行います。
ただし、同じ種類の木だけを植える活動では、地域本来の生物多様性が回復しないため、土地の特性や過去の生態系を踏まえた再生が欠かせません。
整備後も生物の種類や数、生息環境の変化を継続して調査し、その結果に応じて管理方法を調整します。
自然の力を活用するNbSで社会課題を解決する
NbSは「Nature-based Solutions」の略称で、健全な生態系が持つ機能を活用し、環境や社会が抱える課題の解決につなげる考え方です。
例えば、湿地に雨水を蓄えて洪水を緩和する、都市に樹林や草地を整備して気温の上昇を抑えるといった方法があります。
自然災害への備えや気候変動への適応を進めながら、生き物の生息地を確保し、人の健康や地域の環境改善にもつなげられる点が特徴です。
単に植物を配置するのではなく、地域本来の生態系を守り、生物多様性と人の暮らしの両方に効果をもたらす形で実施します。
環境DNAなどを使って生物の変化を調査する
環境DNAとは、生き物のふんや粘液、体表などから水や土壌へ放出されたDNAを採取し、その場所に生息する生物を調べる技術です。
水を採取して分析するだけで魚類などの存在を確認できるため、捕獲や目視が難しい希少種、外来種の分布調査にも活用されています。
同じ場所で定期的に調査すれば、保全・再生活動の前後で確認された生物の種類がどう変化したかを比較できます。
ただし、生物の数や生息位置まで正確に把握できるとは限らないため、目視や捕獲などの従来調査と組み合わせて結果を判断します。
自然への負荷が少ない商品やサービスを選ぶ
商品やサービスの選択は、生産者や企業の活動を通じて、原材料の採取地や生き物の生息環境へ影響を与えます。
木材や紙、水産物、農産物などを購入する際は、持続可能な方法で生産されたことを示す認証マークや原産地を確認してください。
認証の有無だけで決めず、原材料の調達方法、製造時の環境負荷、修理や再利用のしやすさまで比べると判断しやすくなります。
食品ロスや過剰な購入を減らし、長く使える製品や地域で生産された商品を選ぶ行動も、自然資源の消費抑制につながります。
企業・自治体・住民が連携して地域の自然を守る
地域の生態系は行政区分や土地の所有境界を越えてつながっているため、一つの団体だけで保全しても十分な範囲を管理できません。
自治体が活動全体を調整し、企業が土地や資金、技術を提供し、住民やNPOが地域の知識を生かして維持管理や生き物調査を担います。
例えば、里山の手入れ、河川や湿地の再生、外来種の除去を共同で進めると、生息地を広い範囲で継続して守れます。
参加者が目標と役割を共有し、調査結果を基に活動内容を見直すことで、一時的なイベントで終わらない保全体制を築けます。
ネイチャーポジティブの普及に残る3つの課題
ネイチャーポジティブへの関心は高まっていますが、活動を始めただけで自然が回復するわけではなく、実際の変化を継続して確かめる仕組みが欠かせません。
自然の状態は地域や生態系によって異なるため、共通の数値で成果を比較しにくく、ある場所での改善が別の場所へ負荷を移す問題も生じます。
この章では、成果の測定、地域を越えた影響、根拠のない環境訴求という3つの課題を取り上げ、活動の実効性を保つための視点を解説します。
自然の回復を単一の共通指標で評価することは難しい
自然の状態は生物の種類や数、生息地の広さ、生態系の健全性など、性質の異なる複数の要素から成り立っています。
同じ面積の森林でも、植生や生息する生物、地域本来の生態系との一致度によって、保全・再生の成果は大きく変わります。
また、生態系の回復には長い時間がかかるため、短期間の調査結果だけでは活動による効果を正確に判断できません。
活動前の状態を基準として記録し、複数の指標を用いて定期的に調査することで、自然が実際に回復しているかを確認します。
出典:Nature Positive Initiative「State of Nature Metrics」
一つの地域での改善が別の地域への負荷につながる場合がある
特定の地域で伐採や漁獲を減らしても、資源の需要が変わらなければ、生産地が別の地域へ移るだけで自然全体の損失は減りません。
例えば、国内の森林を守りながら、生物多様性が豊かな海外地域から木材を調達すると、負荷を国外へ移す結果になります。
この問題を防ぐには、活動を実施する場所だけでなく、原材料の生産地から製造、流通、廃棄までのつながりを確認します。
自然への影響を発生源で回避・削減したうえで、残る影響に対応すれば、限られた地域だけを改善として示す評価を防げます。
根拠を示さない環境訴求はグリーンウォッシュを招く
活動の効果を確認せずに「自然にやさしい」「ネイチャーポジティブに貢献する」と宣伝すると、実態より環境へ配慮しているように見せるグリーンウォッシュを招きます。
例えば、一部の地域で植樹していても、原材料の調達や製造過程で生態系へ大きな負荷を与えていれば、活動全体の成果とは評価できません。
取り組みを発信する際は、対象範囲、開始前の状態、目標、評価方法、調査結果を示し、確認できていない影響も明記します。
曖昧な表現を避け、第三者が根拠となるデータへアクセスできる状態にすると、読者が環境への効果を判断できます。
ネイチャーポジティブとは生き物とその生息環境を守り増やしていく取り組み
ネイチャーポジティブについて、この記事で解説した要点を整理します。
- 日本語では「自然再興」を意味する
- 2020年を基準に、2030年までに自然の減少を回復へ転じる
- 生物多様性や自然資本を守り、暮らしを支える機能を維持する
- 30by30やOECMなどを通じて、生態系を保全する区域を広げる
- 生態系の再生、NbS、環境DNAによる調査、商品選びなどを組み合わせる
- 複数の指標で成果を測り、根拠とともに発信する
ネイチャーポジティブは、自然への負荷を減らすだけでなく、生き物の種類や数、生息環境が回復する状態を目指す考え方です。
まずは、身近な自然の変化に関心を持ち、商品の原材料や環境認証を確認するなど、日常生活で実践できる行動から始めてください。
ネイチャーポジティブに関するよくある質問
愛知目標とネイチャーポジティブの違いは何ですか?
愛知目標は、2010年に愛知県名古屋市で採択された、2020年までの生物多様性に関する20の世界目標です。
その後継となる昆明・モントリオール生物多様性枠組では、2030年までに自然の減少を回復へ転じるネイチャーポジティブが掲げられました。
ネイチャーポジティブへの取り組みは法律で義務付けられていますか?
ネイチャーポジティブという国際目標自体は、すべての個人や企業へ特定の行動を直接義務付ける日本の法律ではありません。
ただし、事業や活動の内容によっては、外来生物法や自然公園法などによる規制が適用されるため、関係する法令を確認してください。
ネイチャーポジティブはSDGsのどの目標と関係していますか?
特に関係が深いのは、海洋環境を扱う目標14「海の豊かさを守ろう」と、陸上生態系を扱う目標15「陸の豊かさも守ろう」です。
食料、水、消費、気候変動にも自然が関係するため、目標2・6・12・13をはじめ、複数のSDGsの達成にもつながります。
ネイチャーポジティブを証明する世界共通の認証制度はありますか?
企業や商品がネイチャーポジティブであることを一括して証明する、世界共通の単一認証制度は確立されていません。
森林や水産物などを対象とした個別の環境認証はありますが、その取得だけで事業や商品の影響全体が肯定的になるわけではありません。


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